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原子力発電では、核燃料に使うウランの採掘、核燃料の加工、発電、そして再処理といったさまざまな過程で、放射性廃棄物が発生します。なかでも使い終わったウラン燃料は、桁違いに放射能が強く、「高レベル放射性廃棄物」と呼ばれます。この廃棄物を処分した国はまだありません。
原子力発電所で電気をつくればつくるほど、核燃料のウランは放射能の強い物質に変わり、そのまま核燃料の中にたまります。こうして生まれる危険な放射性物質の量は、1年間に原発1基の運転で広島原爆の約1000発分、日本全体では約5万発分にも相当します。
日本は、原発で使い終わった燃料を、再処理工場で化学薬品に溶かし、燃え残りのウランとプルトニウムを回収することにしています。残りの廃液は、高温で溶かしたガラスと一緒に薄い金属容器(キャニスタ)に入れて固めます。この「ガラス固化体」は、放射能が使用済燃料と同じぐらい強く、高レベル放射性廃棄物として扱われます。
再処理は、原発とは比べものにならないほど大量の放射性物質を大気中や海洋に放出します。放射能汚染された機器や道具類が大量に発生することも問題で、そのなかには高レベル放射性廃棄物と同じように扱いが大変なものもあります。世界の多くの国では使用済燃料をそのまま廃棄物にします。
高レベル放射性廃棄物からは強い放射線が出ていて、原子炉から取出して100年ぐらいでは人間が近づくことはできません。機械で遠隔操作するか、厚い金属容器に入れて運ぶ必要があります。時間がたつにつれ放射能は弱くなりますが、放射能がなくなるのに1億年近くかかる放射性物質も含まれています。こうしたものは放射線の出方は強くはないのですが、体内に入れば大変な影響を与えます。
高レベル放射性廃棄物は、非常に長期にわたる管理、または隔離処分をしなければなりません。国際的な原子力機関での話し合いでは、地下に埋め捨てにする「地層処分」が良い方策であるとされています。
その理由として、長期にわたる管理の必要がない、自国内での処分が可能、地下は地表よりも自然現象や人間活動の影響を受けにくく、物質の移動が遅い、といったことが挙げられています。
しかし、各国とも取り組みは困難を極めていて、欧米諸国では1970年代から処分地探しを始めていながら、2006年現在で処分地が正式に決まっているのはアメリカとフィンランドだけです。しかもアメリカは地元自治体の反対を押し切っての決定です。
日本は、原発を始めた当初、高レベル放射性廃棄物の地下埋設を想定していませんでした。しかし1976年に原子力委員会は、技術的な裏づけのないまま、地層処分することにしました。その後、処分技術の研究も行われてはきましたが、この問題が社会に問いかけられることもないまま、2000年の国会で地下300メートルより深くに埋め捨てにする法律が決まりました。原子力発電環境整備機構(NUMO)という組織が、処分地の選定から、処分場の建設、廃棄物の埋設、その後の管理まで行うことになりました。
ひとくちに「地下に埋設」と言っても、地下数百メートルから1000メートルの深さに処分場を建設し、廃棄物を埋め、トンネルをすべて埋め戻すことは、多くの困難を抱える一大事業になります。
処分場の建設は、直径6メートルほどの立坑を掘り、2キロ四方ほどの広さに、総延長100キロから300キロメートルにもおよぶ多数のトンネルを密に掘りめぐらす大工事です。処分場の岩盤を健全に保つために、トンネルは慎重に掘らねばなりません。計画では、建設開始から埋設開始までに10年が予定されています。廃棄物からは強い放射線が出ているので、埋設は無人の遠隔操作で行います。そのうえ重量物なので、1日に埋設できるのは数本がやっとです。4万本のガラス固化体を50年かけて埋める見込みです。これほど大規模にトンネルを埋め戻すのも初めてのことで、トンネルを掘った影響が残らないようにしなければなりません。これにも10年が見込まれています。
これらの技術は、原理的には可能なことの組み合わせとはいえ、技術開発はこれからです。現に、岐阜県瑞浪市の日本原子力研究開発機構の地下研究施設では、立坑の掘削で予想外の湧水があり、建設することすら初期段階で難航しています。
日本は、大地の動きが激しい地域に存在しているため、地震や火山などの活動が盛んです。処分場は地上施設も含め、地震や火山、土地の隆起などによって大きな影響を受けます。地層処分を推進する人たちは、過去数十万年を調べ、活断層や火山の活動がない地域を選べば、将来10万年程度までは地震や火山の影響を避けられると楽観的に考えています。
しかし、大地の動きについての大まかな傾向がわかっているといっても、これまで大地震が起きていない場所でなぜ地震がないのか理由がわかっているわけではありませんし、地震などの活動が、ある場所で、いつ起きるのか、将来を予測することまではできません。したがって、何万年をもこえる将来にわたって、地震などの影響を絶対に受けないと保証できる場所を、今の時点で選ぶことは不可能です。
現在の技術では、放射性物質の移動に重要な役割を果たす地下水の複雑な流れを正確に把握することもできません。根本的な問題として、現時点で地質条件がよいと思われる場所を選んでも、その状況が将来まで保たれるとは限りません。処分場から離れた場所の地震や火山の活動は、「影響が長続きしないから」と軽視されていますが、処分場を直撃しなくても、処分場周辺の地質や地下水に影響を与える可能性も十分に考えられます。こうした影響がなぜどのように起きるのかも、科学的に明らかになっていない問題なのです。
ガラス固化体はオーバーパックという厚い金属容器に封入し、粘土の緩衝材で取り囲んで埋めます。この部分が「人工バリア」と呼ばれています。
地下深くは酸素が少ないため金属容器はなかなか錆びず、金属容器が錆びたあとも、粘土が地下水の流れをさえぎることにより、ガラスが地下水に溶ける時間は遅れ、放射性物質の多くは粘土にとどまる、といったことが期待されています。天然の地質も、地下水が運ぶ放射性物質を捕まえて岩盤にとどめることが期待されていて、「天然バリア」と呼ばれています。こうした期待には一定の科学的根拠や自然の実例*などもありますが、実際の挙動がどうなるか不確実さが非常に大きい問題です。現状では、将来の安全性を確信することはできません。
核燃料サイクル開発機構(現原子力研究開発機構)の報告書をもとに、「将来に予測される被曝線量は自然放射線レベルより低い」と地層処分の安全性が広報されています。しかし、放射性物質が地表近くに到達する量や、人間がそれを摂取する量について、悪い条件を重ねて計算すると、そのようなレベルをこえた被曝もありえます。そもそも、こうした計算は、実際には存在しない仮想的な処分場を対象にしたものなので、実際に選ばれた場所についての現実を予測したものではありません。
また、これまではガラス固化体だけが地層処分の対象でしたが、再処理工場から発生する放射性廃棄物の一部も、同じ処分場に地層処分できるように法律が変わります。これらの廃棄物に含まれるヨウ素や炭素は地下水中の移動が速いので、ガラス固化体の100倍以上も被曝の影響が大きくなります。
将来の世代に取り返しのつかないことが起きる可能性を否定することはできません。
原子力発電環境整備機構は、処分地を公募で選ぶことにしました。この方法は、地元の意思を尊重しているかのようですが、賛成意見と反対意見の対立という難しい問題をすべて地元に押しつけたともいえます。立候補しただけで多額の交付金が支給され、処分地に決まれば「地域振興」の取り組みがなされます。これが魅力的に映る場合もあるかもしれません。
公募は2002年から始まり、立候補した地域について、地質条件が明らかに不適格な場所を文献調査で除いたあと、ボーリング調査などで地質を実際に調べます。ここで大きな障害が見つからなければ、2010年頃から地下に研究施設をつくり、トンネルを掘って地質や地下水の流れなどを調べ、処分地にできそうな場所を2025年頃に決定するという計画になっています。立候補した地域は、よほど不適格な地質条件でなければ、処分地に選ばれる可能性があります。2006年末まで公募に応じた自治体はありませんが、スケジュールを優先するがために多額の交付金で応募を迫るようなことがあってはなりません。
政府の計画では、2025年頃に処分地が決まれば処分場の建設を始め、2035年頃から50年かけてガラス固化体4万本を埋め、2085年頃から10年かけて処分場を埋め戻して閉鎖するという青写真です。処分場は、原発を始めてから2020年までに発生する見込みの使用済燃料のためのものなので、それ以降に発生する分は、また別の問題となります。
処分費用は約3兆円と試算されています。資金は2000年から2020年まで電力会社が積み立てますが、処分場のモニタリングが終わる2400年頃まで、資金運用の利益が毎年あると見込んで、必要額の約半分しか積み立てません。現在の技術のままで安全を確保した処分を行おうとすると、費用が足りないおそれがあることは、NUMOの関係者も述べています。処分費用の9割近くは、積み立てが終わった2020年以降に支出する計画なのに大丈夫でしょうか?費用が足りなくなると、結局、安全性の余裕が削られるのではないでしょうか?
原発で使い終わった燃料の後始末が困難なことは、原発を利用しはじめるときから指摘されていました。しかし、その方策のあてもないまま、原子力発電は見切り発車で始められたのです。2000年に地下に埋め捨てる法律を決めるまで、政府や電力会社などは、この大変な問題が未解決であることを、できるだけ話題にしないできました。日本は、処分資金の調達すら始めていなかったのです。
しかし、処分場探しを始めたものの、公募がうまく進まないため、「国民はこの問題を知らない」と嘆きながら、どこか処分地になる場所が出てくるように「国民のご理解」を求めています。
公募に立候補した地域は、ゆくゆくは処分地に決まる可能性が高いのですから、それこそ立候補した地域以外は「国民はこの問題を知らない」間に、結果的に処分場になる場所が決まってしまうかもしれません。これは他の国々を追い抜くほどの急ペースです。
公募で処分地を選定するので、日本中の「放射能のゴミ」の問題が、立候補しようという地域の人が賛成か反対かという問題にすりかわってしまう恐れが大いにあります。今は、高レベル放射性廃棄物の処分がどれだけ大変か国民がよく知るべきときで、処分場候補地を慌てて決めるべきときではありません。
地層処分の推進にあたっては、「現世代が出した廃棄物の問題を現世代で解決」「あとの世代に負担をかけない倫理的な方法」と謳われています。しかし、高レベル放射性廃棄物は放射線が強く発熱も大きいので、原子炉から取出して50年ぐらいはどこかに保管してからでないと埋設できません。埋設だけですら、あとの世代に面倒をみてもらうのです。ましてや、そのあとの危険と心配はすべてあとの世代に残ります。埋め戻した処分場の存在を将来の世代が忘れたほうがいいのかどうかも、簡単に答えの出る問題ではありません。
現在までの政策では「地層処分は安全」と強調し、これだけが唯一の方法として示されています。しかし、まずは判断を一段階戻して、地下深くに埋めるのが本当に安全で安心なのか、もっと監視しやすい方法と比べた議論から始め、国民が納得のいく判断をする機会をつくるべきです。結局、どのような方法を選んでも負担は大きく、危険と不安が残ることは避けられません。廃棄物の問題は、普通は処分場づくりよりも、廃棄物をいかに減らすかが重要課題なのに、原子力については「廃棄物を減らす**」という議論がすれ違っていることも大きな問題です。
廃棄物を減らすために原発の利用を控えなくてよいのか、そのためにどんな社会を構想するのか、そもそもどれだけのエネルギーや資源を使うことが将来の世代に対して持続的なのか、皆で考え判断していく必要があります。