高レベル放射性廃棄物の地層処分の安全規制のために原子力安全委員会 特定放射性廃棄物処分安全調査会( 議事次第 および 速記録 )が「概要調査地区選定段階における環境要件の考え方について」を取りまとめています。2002年7月に、その 報告書(案) について、以下の要望書を調査会と全委員に送付しました。何の返答もありませんでしたが、 最終案 には改善はみられたようです。
貴調査会におかれましては、高レベル放射性廃棄物処分の安全確保を図ることを目的として、報告書「概要調査地区選定段階における環境要件の考え方について」を検討されており、その労に敬意を表します。しかしながら、同報告書(案)の環境要件は、「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」(以下、「最終処分法」)と同法の施行規則に記載されている事項について、それをほぼそのまま追認しただけのものとなっており、安全確保のために積極的に資する意図が見出せません。さらに深刻なことには、それ以外のすべての環境要件について、「設計・施工による対応」で処分システムへの影響を排除できると断定しており、安全性を追求するという姿勢に著しく欠けています。また概要調査地区選定段階では候補地を絞り込まないという報告書全体の姿勢について、安全確保上の積極的な理由が示されていません。これら三点について、以下に具体的に述べますので、検討を重ねて大幅に改訂されることを要望いたします。
概要調査地区の選定にあたっては、「最終処分法」および同法の施行規則により、以下の事項が要求されている。
・地震、噴火、隆起、侵食その他の自然現象による地層の著しい変動の記録がなく、
将来にわたって、そうした変動が生じるおそれが少ないと見込まれること
・地層が第四紀の未固結堆積物であるとの記録がないこと
・経済的に価値が高い鉱物資源の存在に関する記録がないこと
本報告書においては、これらに対応した概要調査地区選定の環境要件として
(1) 隆起・侵食量が著しくない
(2) 処分施設の合理的な配置が困難な活断層がない
(3) 第四紀に活動した火山がない
(4) 開発中の鉱物資源と石炭・石油・天然ガス資源がない
(5) 処分場の深度に未固結の第四紀堆積層が広く分布しない
を挙げている。これらは、上記の最終処分法および同法の施行規則に掲げられた事項から、「処分施設の合理的な配置が困難な活断層」、「第四紀に活動した火山」、「開発中の鉱物資源と石炭・石油・天然ガス資源」と表現が僅かに具体的になっただけで、同じことを述べているに過ぎない。
報告書が述べるように、概要調査地区選定段階では文献調査のみに頼るため、確かに情報量が少なく、踏み込んだ基準を盛り込むことは難しい。しかし、そうであれば概要調査地区選定後にどのように不適格な地域を除外していくのか、現時点で可能な範囲で明確に示されていなければ、安全性の確保を第一にしているのか、処分場を決めることを第一にしているのか、安全規制の役割が曖昧である。
その点について本報告書は、上記(1)−(5)及び下記(6)−(9)の各項の補足において「概要調査以降の調査により、設計・施工での具体的な対応方法及び、安全評価による総合的な処分システムの成立性を検討する必要がある。」と判で押したように述べているが、この表現ではこれらの事項について、概要調査および精密調査に進むにつれて、不適格地を除外していくという手続きが明確に示されておらず、安全確保に積極的に資するという姿勢が明らかではない。
上記(2)−(4)の各項について具体的に論じる。
(2)地震・断層活動では、環境要件としては断層による処分場の破壊に力点が置かれているが、やや遠方の大地震による応力場の変動と地下水流動特性の変化の影響は、単に活断層を避けるということでは解決しない。本報告書では、地震による処分場への影響として「岩盤ひずみに起因する地下水位、地下水圧の変化」という事項を挙げ、上述のように「概要調査以降の調査により、設計・施工での具体的な対応方法及び、安全評価による総合的な処分システムの成立性を検討する必要がある。」と補足してはいる。しかしながら、こうした変化は、その機構が明らかでないのにもかかわらず長期にわたらないものとしてこれまで軽視されており、今後解明すべき課題として位置づけるべきである。活断層調査によって処分場として避けるべき場所を指摘できるとしても、それによって適地を選べるのかどうかは大きな問題である。
(3)火山・火成活動においても地震と同様に、やや遠方の巨大噴火による応力場の変動と地下水流動特性の変化の影響はこれまで考慮されていない。本報告書の補足では、火山から離れた地域に到達する大規模火砕流や岩屑なだれにおおわれることによる熱的影響や地下水流動に与える影響を概要調査以降に検討する必要があるとしているが、そうした地表の影響だけではなく、地下の動的な影響も考える必要がある。また、火山フロントが明らかでない地域について、火山や温泉がどこに発生しないかは現在明らかではなく、概要調査以降の検討時にそれが明らかになっている保証はない。そのような場合にどのような方針で検討するかも重要な問題である。
(4)鉱物資源の賦存では、本報告書の補足において地熱資源、温泉資源、地下水資源等は「資源の存在に地域性があり、使われ方も一様でないことから、概要調査地区選定段階では検討対象としないが、概要調査以降の調査により、経済的な重要性との観点で検討する必要がある」としている。しかしながら、処分場選定までの時点での経済的な評価が将来にわたってどれだけ良い指標であるかは非常に不確定性が大きく、将来における人間侵入を避けることを十分に保証できない。また、これらの資源が豊かなところは処分場として適当ではない可能性が高い。
上記(1)−(5)の他に本報告書が挙げている環境要件
(6) 気候変動・海水準変動
(7) 岩体の形状・規模等
(8) 地下水流動特性
(9) 地下水の地化学特性
(10) 膨張性地山、ガス突出、山はね、大湧水、異常間隙水圧
はすべて「設計・施工による対応で、処分システムを確立する上での影響は排除できると考えられることから、環境要件とはしない」とされている。このことは二つの意味で非常に問題がある。
まず、現時点では処分技術が未完成であるのに、「設計・施工による対応」で影響を排除できると判断した根拠と基準がまったく示されておらず客観性がない。具体的な理由を示すべきである。
さらに、これら事項(6)−(10)のうち、事項(7)(8)(9)などは、「最終処分法」においても精密調査地区選定または最終処分施設建設地選定の環境要件として挙げられている。それにもかかわらず、これらの事項を「環境要件とはしない」理由が、「設計・施工による対応で、処分システムを確立する上での影響は排除できると考えられること」であるならば、これらの事項は概要調査ならびに精密調査においても環境要件ではなくなってしまう。すなわち本報告書は、最終処分法よりも環境要件に対する安全性の追求が弱いものになる。これらの事項を概要調査地区選定段階で環境要件としないのは、文献調査では情報に限界があることを主たる理由とすべきである。
事項(10)については、「概要調査以降の調査により、設計・施工での具体的な対応方法及び、安全評価による総合的な処分システムの成立性を検討する必要がある。」ということすら補足されていないが、こうした施工上好ましくない要件は、精密調査地区選定の環境要件にも関係しているので、このように簡単に扱うことは妥当ではない。また大湧水がある場合などは処分場の地下水流動特性として好ましい地域ではない可能性が高い。こうした点にも言及をすべきである。
本報告書は
@ 明らかに処分地として不適切である要件を示す
A 設計・施工での対応が可能と考えられる事項は要件とはしない
B 国内の地質環境を包括して一般的に適用できる要件を示す
ということを考え方の基本として概要調査地区選定段階における環境要件を検討している。環境要件として挙げられた事項(1)−(5)については、考え方の基本@により、活断層と第四紀火山という過去の地質活動の痕跡だけに注目し、隆起・侵食においては具体的な基準を出すことも控えている。事項(6)−(10)については、考え方の基本Aにより、望ましい条件を述べることすらしていない。さらに考え方の基本Bにより、地域によって条件が違う場合にどのように議論するかの方針も先送りにしている。文献調査のみでは情報量が少ないためやむを得ない面があるとはいえ、このように本報告書は、概要調査地区選定段階では候補地を絞り込まないという姿勢が強い。しかしながら、候補地を絞り込まないことが安全確保に資する積極的な理由を本報告書から見出すことはできない。単に処分場候補地の間口を広げるためだけならば、本報告書は安全規制より推進を目的としたものと評価されてもやむを得ない。現段階で間口を広げることが安全確保のうえで重要であることを説得力をもって示すべきである。
以上、本要望書で指摘した内容には調査会で議論されているものも含まれていますが、そうした議論が報告書(案)に反映されているとは言えません。また議論の結果、各委員が十分に納得して決着しないまま報告書として取りまとめられている事項も見受けられます。重ねて、更なるご検討と報告書の大幅な修正を要望いたします。