地層処分の安全性は保証されてはいない
(要旨) 原子力発電によって生じる高レベル放射性廃棄物の“地層処分”(地下への埋め捨て)が,2001年から実施に向けて動き出す.地層処分では,放射能が生活圏に漏れ出さないことを10万年以上先まで保証しなければならない.しかし現在,技術は多くの点で開発途上であり,安全評価も不十分で,安易に“地層処分ができる”と結論することは,未来世代に対してきわめて無責任である.すでにある使用済み核燃料の始末に関しては,地層処分は一つの選択肢に戻して,慎重に検討し直す必要がある.このような方法で高レベル放射性廃棄物の処分を進めざるをえない現実を直視すれば,これ以上使用済み核燃料を発生させないことを真剣に考えなければならない.
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日本の原子力政策では,原子力発電所の使用済み核燃料は“再処理”でプルトニウムなどを化学的に分離したのち“ガラス固化体”にして,これを高レベル放射性廃棄物として“地層処分”(地下に埋め捨て)することになっている(1).
地層処分をおこなう理由として,10万年を越える管理を必要とする“核のごみ”を将来の世代に残さないよう,遠く離れた場所に現世代が“処分”する責任があげられている.しかし,万一放射能が生活圏に漏れ出したときの取り返しのつかない影響を考えると,単に目の前にさえなければ将来の世代が安心できるとは限らない.“地層処分ができる”というためには,従来の人間の技術の範疇をまったく越えた10万年以上先までの“安全性”を,確実に保証する必要がある.
地層処分実施に向けた政策はすでに展開しており,昨年(2000年)5月には‘特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律’が制定され,これにもとづいて設立された地層処分の実施主体(原子力発電環境整備機構)が,処分地選定の準備を今年からはじめる.
地層処分の事業化にあたっては,核燃料サイクル開発機構が1999年11月に原子力委員会に提出した技術報告書‘わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性――地層処分研究開発第2次取りまとめ’(2)(以下,‘第2次取りまとめ’)が技術的拠り所とされている(関係者による解説は文献(3)).‘第2次取りまとめ’は日本における地層処分の技術的信頼性を示したとされているが,その内容は“地層処分ありき”という政策の指示にしたがったものといっても過言ではなく,上述の意味で“地層処分ができる”ことを科学的に示したとはいえない(筆者らの批判レポート(4)参照.それに対する核燃料サイクル開発機構の見解(5),双方が参加した公開討論会(6)がある).
昨年12月号のI(7)では,‘第2次取りまとめ’の内容の三本柱である“地質環境”“工学技術”“安全評価”のうち,主として“地質環境の長期安定性”について論じた.‘第2次取りまとめ’の重大な欠陥は,日本列島の地質環境として本質的に懸念される地震に関して,処分場候補地が今後10万年程度にわたってその影響を免れることをいかにして保証するのか,その科学的根拠と手法に大きなまちがいがあることであった.今回は,地層処分の“工学技術”と“安全評価”について議論し,最後に地層処分政策の問題点と高レベル放射性廃棄物問題からみた原子力政策の問題を論ずる.
地層処分では,“人工バリア”と“天然バリア”が補い合う“多重バリアシステム”によって,高レベル放射性廃棄物の放射性核種が人間の生活圏へ移動するのを長期間にわたって防げるとされている.図1に示したように,人工バリアとは,地下の処分場に埋設されるガラス固化体とそれを格納する金属容器(“オーバーパック”),その周囲に埋設される粘土などの“緩衝材”からなる.天然バリアは,人工バリアから先,人間の生活圏にいたるまでの天然の地質そのものである.
‘第2次取りまとめ’は,処分場の建設・操業・閉鎖ならびに人工バリアの設計・施工などを“工学技術”として,‘総論レポート’第IV章と‘分冊2’で検討し,“現状の技術やその延長上の技術で実施できる見通しを確認した”と結論している.ここでまず明らかなのは,地下深くの処分場建設から閉鎖までの一連の事業が,鉱山開発など過去に類似例はあるものの,規模や条件の厳しさの点で,今後の技術開発を待つ部分が多いということである.‘第2次取りまとめ’が,確認したとされる“見通し”も,現状では具体的な実現時期を述べる段階にいたっていない.
処分場は図1に示したように,地上施設と地下施設を結ぶアクセス坑道,ガラス固化体埋設用の櫛状に張りめぐらされた処分坑道などからなる.ガラス固化体は,処分坑道の中に直接埋めたり(横置き),坑道に掘った小さいたて孔に1本ずつ埋める(たて置き)方式などが考えられている(図2).処分場の概要と処分スケジュールは表1にまとめた.埋設後,ガラス固化体の周囲や坑道は粘土などで埋められる.ガラス固化体を入れるオーバーパックは重さ5トンを越える重量物なので,埋設のペースは1日に数本,1年で1000本程度と考えられており,現在の計画(8)のように4万本以上のガラス固化体を埋設するならば,建設から閉鎖まで70年もの期間を要する(表1).
表1 処分場の概要と処分スケジュール. |
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概 要 | 深さ数百〜1000m*,広さ2km四方程度 ガラス固化体を4万本以上埋設 処分坑道総延長距離100〜300km |
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建設(10年) | 地上施設の建設と主幹的な坑道の掘削 |
操業(50年) | 地上施設でのガラス固化体受け入れとオーバーパックへの格納と溶接,地下への運搬と埋設(一定規模の処分区画ごとに掘削・埋設・埋め戻し) |
閉鎖(10年) | 全ての坑道とボーリング孔**の埋め戻し,地上施設を解体・撤去 |
*特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律’では地下300m以深とされている.
**調査や操業中のモニタリングに使われたもの. |
処分場の建設・操業・閉鎖などに関係する問題を表2にまとめた.まず,東京箱根間往復にも匹敵する距離のトンネルを2km四方程度の広さに張りめぐらせる処分場の建設自体が,高レベル放射性廃棄物の埋設以前に一大事業である.当然,処分場には安定な岩盤が要求され,十分な事故対策も必要である.埋設までの一連の作業では,オーバーパックの上からでもガラス固化体から出る放射線の被曝がさけられないため,事故への対応も含めてすべての作業が無人化・遠隔操作でおこなわなければならない.しかし,そのための技術開発はまだこれからである.
表2 処分場の建設・操業・閉鎖に関係する問題. |
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段 階 | 問 題 点 | 備 考 |
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建 設 | 処分場の地質条件 | 十分な岩盤強度と均質な地質,均一で低い地圧* |
坑道の安定性(深地下に多数の坑道が密集) | 適切な坑道間隔と坑道壁面の補強,十分な事故対策 | |
操 業 | ガラス固化体の放射線(おもに中性子線被曝) | 作業の無人化・遠隔操作.技術開発はこれから |
閉 鎖 | 地下施設の地上施設からの隔離** | 埋め戻し技術は研究中 |
岩盤・地下水系への処分場建設の影響 | 想定される充填技術で影響回避が可能かどうかは未知数 |
*水平方向と鉛直方向の地圧が違うと坑道はつぶれやすい. **坑道など空洞の充填,地下を低酸素環境に保持,人間の侵入経路の遮断. |
所定の本数を埋設したあと,処分場は,坑道などをすべて埋め戻し,地上施設も解体・撤去して“閉鎖”される.地層処分では坑道を掘削した影響が残らないような充填が要求される.しかし,このような大規模のトンネルを,そのように純粋に“埋め戻す”ことを目的として埋め戻すのはあまり例がなく,そのための技術はまだ研究段階である*.
処分場を“閉鎖”した後の管理や監視は,処分場近隣の地域で今後何十万年にわたって住民が安心して生活するために非常に重要である.しかし‘第2次取りまとめ’では,“地層処分は積極的な管理や監視を必要としない技術”と原子力関係者が定義しているという建前によって,管理や監視を否定はしないものの,切実には検討していない.生活環境における放射能測定といったことを述べているが,知らぬうちに放射能が生活圏まで到達してからでは手遅れである.政府の計画では処分場閉鎖後300年のモニタリングが予定されてはいるが,10万年や100万年といった長い寿命をもつ放射性核種に対してまったく不十分である.その一方で,処分場周辺を掘り返すことはもっとも避けるべきことであるから,地下深くのモニタリングを長期間続けようにも,寿命がきた測定機器の交換すらむずかしい.
人工バリアについて,‘第2次取りまとめ’が期待している機能と,検討している健全性の課題を表3にまとめた.これらの課題はそれぞれに不確定要因があり,‘第2次取りまとめ’はそういった影響が小さいことを確認したとしているが,実験は限られた条件を模擬したたかだか数年の期間のものにすぎない.そうした研究の多くは,核燃料サイクル開発機構の技術資料として発表されているだけで,第三者の批判的な査読を経たものではない.
表3 ‘第2次取りまとめ’が人工バリアに期待する機能と,その健全性について検討している課題(数値は‘第2次取りまとめ’の見積もり). |
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項 目 | 期待されている機能 | 健全性に関係する課題 |
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オーバーパック(金属容器) | 地下水のガラス固化体への接触を一定期間阻止(最低1000年):厚さ190mmの炭素鋼 | 腐食 酸素による腐食は均一な全面腐食だけを考慮(緩衝材の緩衝機能などのため):最大深さ12mm 水による還元腐食:1000年につき20mm 放射線遮蔽厚さ:150mm 耐圧厚さ:100mm |
緩衝材(ベントナイト粘土など) | 地下水の移動を抑制(ガラスの溶解・放射性核種の移動を抑制) | ベントナイト粘土の変質(ガラス固化体の発熱に起因する温度上昇による:制限温度100℃) ガラス固化体の貯蔵期間,埋設間隔,処分場深度,緩衝材の初期含水量を調節して対処予定 |
放射性核種を収着(吸収と吸着の両方を含む) | ||
ガラス固化体 | 低い溶解速度で放射性核種を保持(緩衝材が地下水の流れを止めて,ガラスから溶けでたケイ酸の濃度を飽和させるため):すべて溶けきるのに7万年以上 | 製造時の冷却で生じるひび割れによる表面積の増加(溶解量の増加) 放射線損傷による溶解速度の増加 ガラスよりも速く溶け出す核種の存在 |
オーバーパックの腐食やガラスの溶解速度が遅いことは,処分場の地下水固有の化学的性質や緩衝材の健全性に依存する.したがって,それらが長期にわたって期待通りの状態に保たれなければ,安全性の予測は大きく狂う可能性がある.
ガラス固化体の強い放射線が,ガラス固化体そのものや,オーバーパックならびに緩衝材の健全性と周囲の地下水の化学的性質に与える影響も,ガラス固化体の実物で試験をしたわけではない.そもそも,放射能が強いガラス固化体の実物を使った試験を非常におこないにくいのが,高レベル放射性廃棄物処分技術の本質的な困難の一つである.
埋め戻しが不十分であれば,酸素が供給されるなど地下環境の化学的性質が期待通りではなくなって,腐食が進みやすい条件になる可能性もある.必ずしも悪い影響だけを与えるとは限らないが,微生物や腐食生成物の影響など明らかでないことも多く,さまざまな要因が複合した場合など,長期にわたる挙動の不確実性は大きい.
12月号のI(7)で論じたように,今後10万年程度の超長期間には,日本列島のほとんどの地点が大地震の影響を何回か受けて,多重バリアシステムの性能が徐々に変化し,健全性が劣化していく場合も多いと考えるのが自然である.しかし,‘第2次取りまとめ’は,このようなケースを考慮していない.
‘第2次取りまとめ’では,緩衝材の健全性に影響を及ぼすガラス固化体からの発熱(放射線のエネルギーのほとんどは熱になる)の扱いに問題がある.
ガラス固化体の発熱によって緩衝材の温度は地温よりも上昇するが,ベントナイト粘土は150℃ほどになると変質や機能低下することが知られており,それより低い温度でも変質のおこりうることが指摘されている(9).そのため目安として緩衝材の制限温度は100℃とされている.
‘第2次取りまとめ’では,処分場の地温*と,埋設までに50年貯蔵して放射能を減衰させたガラス固化体の発熱量から,ガラス固化体1本あたり50m2程度の面積を確保すれば,地下1000mの処分場でも緩衝材温度はぎりぎり100℃を越えないことが示されている.
ここで問題となるのが,ガラス固化体の発熱量を決める内蔵放射能量である.青森県六カ所村で現在保管している海外から返還されたガラス固化体は,返還時の放射能量の公表値(10)が‘第2次取りまとめ’の見積もりで使われている値よりも平均的に高い(埋設時の発熱に大きく寄与するセシウム137について最大で1.6倍).緩衝材の温度上昇はガラス固化体の発熱量に比例するので,このように放射能量が高いガラス固化体は,隣に埋設したガラス固化体からの熱の影響を受けないように埋設間隔を広げても,緩衝材温度が100℃を越えることがありうる.それを避けるためには,埋設までに放射能が十分に減衰するのを待たねばならず,青森県に対して政府が約束している30年から50年の貯蔵期間が延びる恐れもある.
核燃料サイクル開発機構は,処分場の深度を浅くしたり緩衝材に初期に含ませる水の量を高めたりすることで緩衝材の最高到達温度は緩和されるため,上記の海外製ガラス固化体についても,対応できるとしている(5).しかし,緩衝材の初期含水量を高めることで,緩衝材は水をオーバーパックから遠ざけるという役目を果たしにくくなる.初期含水量の数%の違いが緩衝材の最高温度に効いているため,緩衝材の品質管理も厳しく問われるなど別の難点が発生することも考えられ,問題を軽視すべきではない.
なお,日本が過剰にもつプルトニウムを軽水炉で利用しようという“プルサーマル”で生じる使用済み核燃料は,発熱量が大きくその減衰も遅い(11)(12)ので緩衝材の制限温度を守るのがさらにむずかしくなる.
地層処分を実際におこなうとしたら,‘第2次取りまとめ’では扱われていないが,ガラス固化体の輸送と搬出も大きな問題となる.
使用済み核燃料やガラス固化体の輸送には,放射線を遮蔽するために専用の大型輸送容器(“キャスク”)が使われている.危険な超重量物なので,これまでほぼすべての場合,原発や貯蔵施設に隣接する専用港か距離の短い専用道路を使って,専用の大型トレーラーによる低速走行で運搬されている.‘第2次取りまとめ’は,日本中に広く処分場の適地があると結論しているが,処分場の地理的条件によっては,これまでとは桁違いな規模の輸送が実施されることになり,大がかりな対策が必要である.
輸送以前の問題として,ガラス固化体を貯蔵場所から運び出す50年後までには,容器(キャニスター)がガラス固化体の強い放射線で脆化してしまい,貯蔵施設の狭いたて穴(13)から吊り上げて運び出すことが不可能になることも危惧されている.この問題は,いま貯蔵している固化体で50年後にはじめて検証されることになる.
地層処分では10万年以上もの間の安全性を保証しなければならないが,本番の埋設をする前に,それだけの期間の試験を重ねて安全性を直接実証することは不可能である*.このため地層処分の安全性の評価は,生活圏に放射能が漏れる可能性をいろいろな場合について想定し,そうした筋書き(“シナリオ”と呼ばれる)ごとに予想される被曝線量などを材料にしておこなわれる.
地層処分の実証性がこのように不確かであるにもかかわらず,地層処分をおこなうかどうかという,10万年以上先までに影響を及ぼしかねない意思決定を現在の世代がするからには,おこりうる危険について徹底的な検討をしておかなければならない.したがって,安全評価では,期待どおりにことが運ぶシナリオだけではなく,悲観的なシナリオについても評価することが求められる.
‘第2次取りまとめ’の‘総論レポート’第V章と‘分冊3’では,こうした安全評価のための計算手法を開発整備したことが示され,さまざまなシナリオについて評価をおこなった結果,被曝線量は国際的な防護基準を下回るとしている.しかし,この線量評価は,以下に述べるように過小評価されていて,場合によっては健康に影響を与えるような放射能漏れの可能性もある.
‘第2次取りまとめ’は,“適切な処分地選定と工学的対策をとるので過度に保守的な設定の評価はしない”としているが,どの程度をもって“過度”とするか自体が大きな問題である.埋設後は地下で何がおきているのかモニタリングすることがむずかしいのだから,考えうる限り安全側にたった評価をおこなうことは必要不可欠である.
現在,処分場候補地は未定なので,‘第2次取りまとめ’では,安全評価を仮想的な処分場に対しておこなっている.適切な処分場が選ばれ,人工バリアと天然バリアがおおよそ期待どおりに機能することを前提にした設定を,“レファレンスケース”と呼んでいる*.
図3が,そのレファレンスケースについて埋設から何年後にどれだけの被曝があるかを計算した結果である.被曝線量の最大値は80万年後に年間5×10-3μSv(マイクロシーベルト*)で,自然放射線レベル(日本では約1000μSv/年)や一般人の線量限度(1000μSv/年),ならびに地層処分についての諸外国の防護水準(100〜300μSv/年)を何桁も下回る結果となっている.被曝線量がこのように低く,ピークを迎えるのに時間がかかるのは,ガラス固化体が溶けきるのに約7万年かかり,緩衝材が放射性核種を収着して,その移動を数万〜100万年程度遅延させ,また,天然の地質も同様の機能を果たすとしていることによる.
被曝線量がこのように低く,ピークを迎えるのにも時間がかかるのは,ガラス固化体が溶けきるのに約7万年かかり,緩衝材が放射性核種を吸着して移動を数万年から百万年程度遅延し,天然の地質も同様の機能を果たすとしていることによる.
図3に示したような被曝線量は,
・生活圏に到達する放射性核種の量
・生活圏で人間が摂取する放射性核種の量
に大きく左右される*.この二つの量は,それぞれ天然の地質中と生活圏における放射性核種の移動という単純には解けない問題に対応するが,どちらもコンピュータで計算できるように,ある程度単純なモデル化がなされている.現段階での最善はつくされているとしても,そのモデルがどれだけ現実を反映しているか,とくに危険性を過小評価していないかが問題である.
また,‘第2次取りまとめ’のモデルに沿って考えても,上の二つの量は,以下に示すとおり,どちらもさまざまな条件によってその値が10倍,100倍と大きく変わる.最終的な被曝線量は,双方をかけ合わせたものになるので,条件によっては図3に示した被曝線量より桁違いに高くなりうる.
まず生活圏に達する放射性核種の量は,当然ながら,人工バリアと天然バリアがどれだけバリア機能を果たすかによって決まる.表4に核種の移動量を左右するいくつかの要因を挙げた.“安全評価”では,これらの要因を定量化したものが核種ごとに必要であるが,放射性核種の挙動などは科学的にまだ明らかでないことが多く,推算値に頼っているものが多い.したがって,評価にあたっては被曝線量が高くなる場合も十分に組み合わせる必要がある.
表4 生活圏に到達する放射性核種の量に関係する要因とそれに影響を与える条件. |
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要 因 | 影響する条件 |
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ガラスの溶解速度 | 地下水の温度・化学的性質*,緩衝材機能 |
放射性核種の溶解度 | 地下水の温度・化学的性質* |
地質や緩衝材への放射性核種の収着** | 地下水の温度・化学的性質*,緩衝材機能,亀裂中の充填鉱物 |
地下水の流速 | 岩盤の透水性(亀裂の大きさ・頻度・連結具合など),動水勾配(水圧),処分場の掘削,地震による応力変化 |
コロイド・有機物・微生物 | 地下水の化学的性質*,地下の地質条件 |
*地下水の化学的性質としては,水素イオン濃度(pH),酸化還元電位,炭酸イオンなど共存物質濃度が影響する. **吸収と吸着の両方を含む用語 |
例えば,地下水の流速が速いと,放射性核種の移動が速くなって地質などへ収着される量が減るため,生活圏に達する核種の量が大きく増える.このほかに有機物やコロイドに核種が吸着して,地下水の流れに乗って移動が促進されることも無視できない.アメリカの放射性廃棄物埋設施設や地下核実験場で,地下水への溶解度が低くて本来は移動性の高くない核種が,有機物(14)やコロイド(15)によって,それまで予想もされなかった速い移動をおこしたことが観測されて大きな問題となっている.なお細菌などの微生物が,地下の化学的環境に影響を与えたり,放射性核種を移動させたりする可能性もあるが,微生物の影響については現段階ではわかっていないことが多い.
もう一方の,生活圏で人間が放射性核種を摂取する量は,飲料や食物などをとおした複雑な摂取経路に依存する.摂取量は生活様式や環境によって大きく異なるため,‘第2次取りまとめ’では20種類ほどの生活様式モデルを用意している*.
ここで,摂取量を大きく左右するのは生活圏の用水に含まれる放射性核種の濃度である.生活用水中の放射性核種の濃度は,1年間に生活圏に達する放射性核種の量を,河川や井戸といった放射能汚染が想定される生活用水の1年間の流量(希釈水量)で割って求めている.レファレンスケースの場合,この希釈水量には小さい一級河川に相当する1億m3が使われている.それ以外に,例えば山地など河川流量の少ない上流や深井戸を用水とする場合ならびに,河川へ流入するまでに土壌が放射能で汚染されたりするような場合には,希釈水量はレファレンスケースの50分の1から100分の1になっている.そうした場合には,その分核種の濃度も高くなって被曝線量も50〜100倍大きくなっている.
以上に述べたように,最終的な被曝線量は,人工バリアや天然バリアの条件ならびに生活圏での被曝経路の条件が変わると,レファレンスケースの結果から大きく変わってくる.図4に最大被曝線量について,いくつかの例を示した.図4aの●印がレファレンスケースの結果で図3の最大値に対応する.縦線で示した幅が生活様式や環境の違いに応じた被曝線量の違いを示している.例えば図4bのように地下水流速が10倍になると,最大被曝線量はレファレンスケースの60倍になり,生活様式によってはさらに50倍程度を乗じて3000倍以上(図4bの上限)の被曝線量となる.
図4から明らかなように,地下水流速は核種の移動量を大きく左右する.とくに日本列島では降水量が多いため,地下水の涵養と流出がいちじるしく,地表の降水が地下数百mの深さにわずか数十年程度で達する場合も知られており,地下深くと地表付近の地下水の連絡は解明すべき点が多い(16).また地下深くの花崗岩についても,地下水の水みちとなる亀裂が,欧米の地質学的変動が少ない地域の岩体に比べて多い(17).そのため,日本列島では,地下深くに処分場を作ったから安心であるとはいい切れない.
ところが,地下深くの亀裂の状態やその連結具合,地下水の流速など地下水の挙動を把握することはむずかしいため,‘第2次取りまとめ’は安全評価において,限られた測定結果から地下水の挙動を間接的に推算するという手法をとっている(計算自体は非常に大規模なものである).その際,地下深くは透水性が低いという,期待されるとはいえどこでも成り立つとはいえない観測例にもとづき,地下水流速を低めに設定している.
地層処分に非常に適した水理特性の処分場が選ばれ,その環境が長期にわたって保たれるならば,そうした見積もりどおりの結果になることもありうるだろう.しかし,地下の透水性は‘第2次取りまとめ’にも示されているとおり,一つの狭い地域のなかでもボーリング孔ごとに大きく異なっていて,100万倍以上ものばらつきがある.しかも,ただでさえ地下深くの水理特性の把握はむずかしいのに,処分場選定では,天然バリア機能への影響を抑えるため,限られたボーリング調査や非破壊的な物理探査に頼らざるをえない.そのような測定で,地下深くの地下水の挙動を完全に把握することは不可能に近く(17),情報の不確定さには慎重でなければならない.
また12月号のI(7)で述べたように,変動帯にある日本においては,大地震による応力場の変化で亀裂が開閉するなどして,地下水流速や化学的環境が大きく変化する可能性もありうる.前述のように,処分場の建設が岩盤に与える影響も不確実性が大きい.したがって安全評価では,地下水流速について10倍,100倍またはそれ以上の不確実性も想定しておく必要がある.
‘第2次取りまとめ’は,地下水流速がレファレンスケースの100倍となる場合は示していないが,筆者らの簡便な推算(4)では,最大被曝線量は図4cの●印程度となって,レファレンスケースの2000倍になることが見込まれる.これに生活様式に応じた被曝線量の幅を考えると,国際的な防護水準を越える(図4cの上限).さらにさまざまな不確実要素が悪い方向に働けば,自然放射線レベルや一般人の線量限度をも越える可能性もあるだろう.
多少極端な状況の想定として,断層が処分場を直撃して,人工バリア内から放射性核種が直接生活圏に到達するといった場合について,‘第2次取りまとめ’は,図4dの●印を示している.生活圏の摂取量にはレファレンスケースが想定されているが,希釈水量が小さい生活圏でもこうした事態はおこりうるのだから,この幅を考慮すると,1万μSv/年(10mSv!)を大きく越えることもありえる.
‘第2次取りまとめ’は,図4aやbに対応する場合には生活様式に応じた被曝線量の幅も示しているものの,図4dのように被曝線量が高くなる場合については,そうした幅は示さずに,レファレンスケースの生活圏に対応した結果だけで“諸外国の防護水準を下回った”“自然放射線レベルを大きくは越えなかった”と結論している.また,一般向けの資料では図3のレファレンスケースの結果だけを示して,“自然放射線を何桁も下回る”といったことだけを強調している.しかし,ここで示したように場合によっては国際的な防護水準を越えるような被曝をひきおこす可能性もある.不安を抱かせるような数字であっても,それを社会に示していくことが信用につながるであろう.
ここまでは,おもに天然バリアと生活圏の条件設定によって被曝線量が大きく変わることを示したが,これに加えて人工バリアに大きな不具合がある場合も評価をしておくべきである.例えば,オーバーパックには溶接をはじめ施工の不具合による早期破損も考えられ,ブロックに分けて埋設される緩衝材には水を吸って膨潤することによる自己シール機能が不十分でなく,地下水の流れを十分に止められないといったことも考えられる.
核燃料サイクル開発機構は‘見解’(5)において,オーバーパックが100年で破損し*,かつ地下水流速を100倍にした場合についても,最大被曝線量への影響は小さいとしているが,ここでは緩衝材機能が十分に働くこととレファレンスケースの生活圏を前提としている.これに加えて緩衝材の働きも不十分であると,核種の溶解や移動を遅延する効果が失われて,4万本すべてに問題がおきなくても防護水準を越える可能性もあるだろう.
このような想定は確率は低いかもしれない.しかし,考えうる限り最悪の場合を想定し,“破局的なシナリオ”を提示する必要は,環境汚染の評価の専門家からも,2000年8月の地層処分国際ワークショップ(18)において指摘されている.地層処分が実際におこなわれるのなら,そうした事態が地下深くの処分場でおきていないということを長期にわたって常に確認できるようにする手だてが,周辺住民を含む社会全体の安心のために必要不可欠である.
何万年もの長期にわたって人工バリアが健全であることや,天然バリアが期待通りに働いて放射性核種を移動させないことは,あらかじめ証明することはできない.そこでかわりに,“ナチュラルアナログ”(自然界の類似現象)がその証拠として使われている.
ナチュラルアナログとは,古代のガラスや金属がいまも形を保って出土したり,ウラン鉱床のウランが何千万年や何億年も動かずに保存されていたといった類のものである.当然のことだが,形が残っていなかったり移動してしまったものについては何もわからない.
有名な例が,アフリカのガボン共和国オクロのウラン鉱床で,今から17億年前に,天然の原子炉として相当数の核分裂がおきていた(19).その核分裂生成物や超ウラン元素が現在まで移動せずに保持されていて,地層処分を“安心して”おこなえる証拠だとされている.しかしオクロでも,セシウムのように水に溶けて移動しやすい元素は残っておらず,しかも非常に早い時期に移動していたことが示されている(20).ナチュラルアナログを一面ばかりを強調した“宣伝”に使うのではなく,事例の示すことがらを広く受け止めるべきである.
ナチュラルアナログから,地層処分がうまくいく例があることは示せても,必ず安全にできることまでは保証できない.大事なのは,地質中に保存された場合と保存されなかった場合の条件の違いを明らかにして,望ましい条件が現実の処分場でどれだけ長期間確実に実現するのかを検討することである.
原子力関係者は,高レベル放射性廃棄物を人間の生活圏からできるだけ離れたところに処分するという発想のもと,宇宙・海洋底・氷床などへの処分とくらべて,地層処分が困難や制約が少ないと結論した.地層処分は,地質学的に安定な欧米で1950年代に考え出されたが,現在では,フランスはほかの選択肢と同列に戻し,イギリス・ドイツ・カナダでは計画を中断している*.将来の取り出し可能性を含めて,社会が遠い将来の世代にまでわたっていかに安心して受け入れられるかという点も議論となっており,問題は技術的な課題にとどまっていない.
これに対して日本政府は,地質学的変動や地下水の点で不利な条件があるにもかかわらず,確固とした技術的裏付けのない1970年代半ばのうちから,海外の動向に合わせて地層処分を唯一の処分法と決めてきた(22).
原子力関係者のなかですら慎重な意見があるのにもかかわらず,最近の一般向けのシンポジウムや資料では,技術開発が途上であることすら触れずに安全性ばかりを強調し,“地層処分には特別なデメリットはない”とまで記述している.原子力委員会原子力バックエンド対策専門部会メンバーで地質学者の徳山明氏は一般向けの著書のなかで,“放射性物質が仮に深部の地下水に漏れだしたとしても,‘地表の井戸、河川、土壌などに運ばれるというシナリオ’はありえないことがはっきりしている”とまで断言している(23).
国家事業として,“絶対的な安全”を提供しなければならないと考えるあまり,過度に安全性を断定し,批判的な意見や慎重な意見を遠ざけることは,安全性の軽視につながるきわめて危険な状況である(24).例えば,そもそも一つの処分場に4万本ものガラス固化体を埋設することは,安全性の議論からはじまったのではなく,経済的理由*によって先に決められていたことなのである(25).
12月号のI(7)とあわせて論じてきたように,‘第2次取りまとめ’は,今後10万年以上にわたって地層処分が確実に安全にできることを,特定の場所についてあらかじめ科学的に保証することはしていない.地層処分は“やり直し”がきかないのだから,このまま地層処分を実施することは“賭け”である.
‘第2次取りまとめ’の特徴の一つは,与えれた課題(26)への解答に終始していて,地層処分を確実に安全におこなうために,何がどうわかっていないのかという問題意識がみられないことである.また“科学的にすべてのことが明らかでなくても,現在の知識で地層処分に最善をつくす”というが,その不確実さのために安全側の余裕を十分にとるかというと,“適切な処分地選定と工学的対策をするから,過度に安全側には立たない”という.確かに“技術者の判断”は介在せざるをえないが,このように不確実さの大きい問題について,どこからが“過度”なのか,説得力のある基準の設定自体がむずかしい問題である.
“現在の知識で最善をつくす”ということと“見切り発車”との違いは紙一重である.“最善をつくす”のであれば,“確実に安全にできる”と断言できない地層処分だけに固執するのではなく,これをあくまでも選択肢の一つにとどめ,積極的な管理をおこなう場合などと徹底的な比較検討をすべきである.
何度も述べたように,地下深くの処分場で異常がおきていないことを長期にわたって常に確認できなければ,将来の世代が安心して暮らすことはできない.地層処分は,生活圏から遠いところに“処分”してしまうからこそ,“無事”であることを確認するのが難しい.そうなると,地上や地表近くで積極的な管理をおこなうこととのあいだの優劣も単純ではない.
さらにいえば,使用済み核燃料の処分がこれほど大変だということは,処分方法の検討と不可分に,これ以上使用済み核燃料を増やさないことを真剣に検討しなければならないことを意味している.これは,私たちが将来にわたって原子力に頼った社会を選ぶのかどうかという根源的な問題に直結している.選択肢の一つに戻すということは,この議論を前提としたものである.それをせずに,まだ研究開発の途上にある地層処分によって高レベル放射性廃棄物問題が解決したかのようにいって,原子力発電の将来を展望する(27)(28)のは,問題に対して真摯な態度とはいえず,未来の世代に対しても倫理的でもない.
問題は遠い未来だけではない.高い放射能をもつ使用済み核燃料やガラス固化体を“中間的に”保管している地域が現実にあり,かりに“地層処分ができる”としても,50年間はこうした保管が必要である.50年という1世代近い時間,そのような負担を経なければ処分ができない廃棄物を生む原子力発電自体,“技術”として完結したものといえるのかどうかがあらためて問われる.
そして日本の原子力政策が直面している問題として,技術的・経済的・社会的に困難が非常に大きいうえに,余剰プルトニウムを生み続ける再処理路線の見直し(12)がある.再処理をせずに使用済み核燃料を直接処分するようになれば*,処分や管理の設計も大きく異なってくる.現時点では,“すべて再処理する”という政策の看板があるために,ガラス固化体処分以外の研究は政策に反するものとしておこなわれていないが,そうした硬直性を解いていくことこそが,日本の原子力政策に何よりも求められていることである.