変動帯日本の本質
(要旨) 日本では,原子力発電所の使用済み燃料の再処理で生ずる“高レベル放射性廃棄物”(ガラス固化体)は,“地層処分”(地下に埋め捨て)することになっている.核燃料サイクル開発機構が技術的信頼性を示したとする‘第2次取りまとめ’によれば,10万年以上にわたって,影響が問題になるほどの放射能が生活圏に漏出することはないという.しかし,処分地が地震の大きな影響を受けないと保証する手段は,何も示されていない.第1回では,このことを中心に,‘第2次取りまとめ’の地層処分の安全性に対する考え方がおざなりであることを指摘する.
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原子力発電は,ウラン鉱の採掘から燃料加工,発電,さらには廃炉に到るまで,あらゆる段階で大量の放射性廃棄物を生ずる.なかでも日々増え続ける使用済み燃料は,非常に強い放射能をもつ厄介な“核のゴミ”であり,その放射能が十分に弱くなるまで何十万年を越える管理または隔離を必要とする.
原子力発電所(原発)は,この放射性廃棄物を適切に始末する見通しがないまま建設・運転が進められてきたため,“トイレなきマンション”と呼ばれることさえあった.この根本問題を解決した国はまだないのだが,日本の原子力政策では,使用済み燃料は“再処理”し,その結果生ずる高レベル放射性廃液をガラス固化して“地層処分”するとしている(1).“地層処分”とは,大量のガラス固化体を深さ数百〜1000mの地下に埋め捨てて,10万年以上にわたって岩盤が放射能を閉じ込めてくれることを期待するものである.
昨年(1999年)11月に,核燃料サイクル開発機構が‘わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性――地層処分研究開発第2次取りまとめ’(以下,‘第2次取りまとめ’)(2)という全4冊2300ページにもおよぶ技術報告書を原子力委員会に提出した(関係者による解説は文献(3)).
これは,日本における地層処分の技術的信頼性を示し,処分事業化の技術的拠り所を与えたものとされている.それを受けたかたちで,今年の5月31日には,衆議院解散間際のきわめて不十分な審議(衆参合わせて7日の委員会審議,本会議では趣旨説明と採決だけ)しか経ずに‘特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律’が成立し,地層処分の事業化が始まった*.
このような動きのなか,各地で,科学技術庁や核燃料サイクル開発機構の主催によるシンポジウムやフォーラムがおこなわれているものの,各国が苦労していて,社会的合意を得ることがむずかしいこの問題の困難さが,一般の人々に広く知らされているとはいいがたい.
‘第2次取りまとめ’の内容には科学的にみて多くの問題があり,日本列島における地層処分の実現性が示されたとは到底いえない.このまま地層処分を強行すれば,21世紀や,数千年,数万年後の将来の世代に途方もない迷惑をかける可能性もけっして低くはないと思われる.筆者らは‘第2次取りまとめ’に対する批判レポート(4)の作成(7月12日記者発表)に加わったが,その後,それに対する核燃料サイクル開発機構の見解が10月末に示された(5).“見解”発表前の10月21日には,双方による公開討論会(6)が開かれている.それらを踏まえて,2回に分けてこの問題を論ずる.
原子力発電をおこなうと,原子炉内では核分裂生成物,プルトニウムとそれ以外の超ウラン元素(ネプツニウム,アメリシウム,キュリウムなど)が大量に発生して,核燃料のなかにたまっていく.これらの放射性核種が“高レベル”の放射性廃棄物として問題となるため,使用済み燃料またはそれを化学処理したものを“高レベル放射性廃棄物”と呼ぶ.核燃料中でおもに核分裂に寄与するウラン235の初期濃縮度(3〜5%)や,燃焼度(燃料として消費した割合)にもよるが,使用前と使用済みの核燃料に含まれるこれらの放射性元素とウラン同位体の割合を図1に示した.
核分裂生成物(いわゆる“死の灰”)は,発電のために核分裂エネルギーを利用することで必然的に生まれる.これは,中性子の数が過剰なため不安定で,安定核種になるまでベータ崩壊(電子を放出)を繰り返し,多くの場合にガンマ線(波長の短い電磁波の一種)も放出する.半減期は1日に満たないものが多いが,数年から数千万年といったものもあり,処理にあたってはこれらが問題になる.40種ほどの元素*を雑多に含むため,化学的には複雑で取り扱いもむずかしい.
超ウラン元素とは,ウランよりも原子番号が大きい元素のことで,核燃料の一部が中性子捕獲とベータ崩壊を繰り返して生成する.これらはすべて不安定で,鉛の安定同位体になるまでアルファ崩壊などを繰り返す.アルファ線(アルファ崩壊によって放出されたヘリウム原子核)は,放射線としては粒子の質量が重いために飛程が短く,そのうえエネルギーも高いので,体内被曝の影響が非常に大きい.また,半減期の長い核種が多い.
原子炉から取り出した使用済み燃料は強烈な放射能をもっている.取り出して1年後の使用済み燃料1トンに含まれる放射性核種のうち30種近くの放射能量が,それぞれの核種についての一般人の年間摂取限度の1億倍を越えており,これらを合計すると数十兆倍にもなる.使用済み燃料1トンの放射能の経年変化を図2に示した.発電に使用することで核燃料の放射能量は桁違いに増大する.数万年後の放射能は,燃料製造に必要なウラン鉱石の全放射能と同程度まで減少するが,それでも,もともとのウラン鉱石(品位1%としても燃料1トンの製造に750トンを要する)よりは質量が少ない分だけ濃縮されていることになる.
アメリカ,カナダ,スウェーデン,フィンランドなどは使用済み燃料をそのまま高レベル放射性廃棄物として“直接処分”する計画である.しかし,プルトニウム利用を図る日本は,プルトニウムとウランを使用済み燃料から化学的に回収する“再処理”を基本政策にしている.再処理は,放射能の強い半減期およそ1年未満の核種の崩壊を待つため,原子炉から使用済み燃料を取り出して4,5年後におこなわれる(図2参照).放射線が燃料内部で熱となる崩壊熱も莫大なので,使用済み燃料はこの間,原発内の貯蔵プールで冷却保管される.
再処理で出る非常に放射能の強い廃液(核分裂生成物と超ウラン元素が含まれる)は,液体よりは管理や運搬がしやすい“ガラス固化体”にされる.これは,高温で溶かしたガラスに廃液を混ぜて,ステンレス製の円筒容器(キャニスターと呼ばれる肉厚約5mm,直径約40cm,高さ約1.3mの容器)に流し込んで固めたものである(重量約500kg).日本政府は使用済み燃料を廃棄物とは考えず,ガラス固化体を“高レベル放射性廃棄物”と呼んでいる(ここでは,混乱を避けるために“ガラス固化体”と明記する).
使用済み燃料の強い放射能と発熱量は,ガラス固化体になっても変わらないので,すぐに処分はできない.製造直後のガラス固化体に触れるほどに近寄れば,数秒で致死レベルのガンマ線を被曝する.また,地層処分という観点からは,埋設したガラス固化体の発熱が周囲におよぼす影響が問題になる.そのためガラス固化体は,30〜50年間地上に保管し,放射能と崩壊熱の減少を待ったのち地層処分することになっている(図2参照).
日本で平均的な100万kW級原発では,稼働率80%として1年間に70億kW時(約200万世帯の使用電力量に相当)の発電をして,約25トンの使用済み燃料が発生する.ガラス固化体は,使用済み燃料1トンから約1本*作られるとして概算をすれば,1年間に原発1基から20〜30本,約50基の原発が稼働する日本全体では1000本から1500本生じるということになる.
1966年の商業運転開始以来これまでに発生した使用済み燃料は,約1万7000トンで,そのうち7000トン余りは再処理を委託したフランスとイギリスへすでに送られている.残りは日本の原発の貯蔵プールに置かれているが,貯蔵プールが満杯に近い原発もふえてきている.これらの使用済み燃料をすべてガラス固化体にしたとすれば,1万2000本ほどに相当すると見込まれる(文献(8)をもとに試算)*.
日本政府が推進しているガラス固化体地層処分の基本概念は,深さ数百〜1000mの安定な地質環境に,“人工バリア”と“天然バリア”からなる“多重バリアシステム”を構築して,廃棄物からの放射能を何十万年という長期にわたって人間の生活環境から安全に隔離するというものである(図3).“人工バリア”とは,ガラス固化体と,それを封入する“オーバーパック”(厚さ19cm程度の炭素鋼などで作った円筒容器,耐用年数1000年を想定)と,それを包む緩衝材(厚さ70cm程度の粘土)とを指す.“天然バリア”というのは,人工バリアから先の天然の地質のことである.
地下処分場の規模は,ガラス固化体4万本*の埋設を前提としており,広さ2km四方程度の水平的広がりに総距離100〜300kmもの処分坑道を張りめぐらせる計画である.埋設が終われば,地下空間は完全に埋め戻して閉鎖されるが,閉鎖後300年のモニタリングが予定されている.なお,ガラス固化体を30〜50年間地上で冷却保管したあとでも,中性子線による被曝の影響が大きく**,それを避けるためにガラス固化体の運搬・埋設作業は無人化しなければならない.
埋設した廃棄体の放射能が人間環境に影響をおよぼすのは,主として,ガラス固化体から溶け出した放射性核種が地下水によって地表まで運ばれることによる.しかし‘第2次取りまとめ’は,1000年間はオーバーパックが腐食に耐えて,ガラス固化体への地下水の接触を阻止し,それが腐食したあとでは,緩衝材と天然バリアが放射性核種の溶出・移動にブレーキをかけるとしている.そのために人工バリアと天然バリアには,つぎのようなことが期待されている.
まず,地下深くの地下水と緩衝材の化学的性質からオーバーパックの腐食は遅い.さらに透水性が低く膨潤性をもつ緩衝材が,ガラス固化体への地下水の接触を制限してガラスの溶解を遅らせるだけでなく,ガラスから溶け出した放射性核種の移動も抑える.このとき,地下深くの地下水の化学的性質から,放射性核種の多くは緩衝材中に沈澱する.そして,地下深くでは地下水の流れが遅いうえに,天然の地質や粘土鉱物などが放射性核種を収着(吸収と吸着の両方を含む用語)して移動を遅らせる.これらすべてが期待通りに実現すれば,地下水が運ぶ放射性核種は拡散して薄められ,人間の生活圏に達する量は低く抑えられるという.
地層処分における安全性の確保は,このように人工バリアと天然バリアが補い合うことで成り立つとされる.人工バリアも天然バリアも多くの要因からなっており,そこで“期待”されているバリア機能には,個別的には,知られている範囲内で一定の科学的根拠はある(9).問題は,それらが組み合わさった機能が,実際の処分場で何万年以上にもおよぶ長期にわたってどれだけ確かに実現するか,その不確実性を見込んだ安全の余裕が十分に確保できるか,そして現実の環境でどんな最悪の結果がおこりうるのかである.
‘第2次取りまとめ’では,地質環境・工学技術・安全評価の3本柱をもとに地層処分の技術的信頼性を示すべく検討をおこなっている.地層処分をおこなうかどうかについて社会的合意を形成するためには,これらの点について現状の到達水準が科学的に公正なかたちで述べられなければならない.この解説ではこうした観点から,第1回は地質環境を中心に,第2回は工学技術・安全評価を中心に‘第2次取りまとめ’を検証する.
以上のような地層処分が成り立つためには,まず第一に,地層処分場が長期にわたって十分に安定であること(地質環境の長期安定性)と,岩盤と地下水の物理的・化学的性質(地質環境の特性)が多重バリアシステムにとって適切であることが必須である.‘第2次取りまとめ’は,‘総論レポート’第III章と‘分冊1’でこれらを論じ,“将来十万年程度にわたって十分に安定で,かつ人工バリアの設置環境および天然バリアとして好ましい地質環境がわが国にも広く存在すると考えられる”と結論している.
しかし,地下深部の地質環境の特性に関しては,世界有数の変動帯であると同時に温帯を中心に亜寒帯から亜熱帯の多雨帯に位置する日本列島では,破砕度が激しい岩盤の亀裂の状況や,涵養と流出がいちじるしい地下水の複雑な挙動について,わかっていないことのほうが圧倒的に多い.
核燃料サイクル開発機構の前身の動力炉・核燃料開発事業団で長年地層処分の問題に取り組んできた土井和巳(10)は,地層処分実現のためには非常に高密度・高精度の地下の情報が必要だが,その探査技術の開発だけでも優に100年以上かかると述べている.また,水文地質学の専門家である新藤静夫は,深さ1000m付近の地下水も浅部との間を循環する地下水であること,大規模な地下処分場を造れば地下環境や地下水循環が変化することは間違いないが,それに関する知見はまだ少ないことを指摘している(11).
少なくとも現段階では,適切な地質環境を選定すれば地層処分の安全性を確保できると‘第2次取りまとめ’がいっても,実際に適切な場所が選べる保証はなにもないといえる.
日本の地質環境の長期安定性については,‘第2次取りまとめ’は,地震・断層活動,火山・火成活動,隆起・沈降・浸食,気候・海水準変動の4種類の現象の影響を検討している(図3).そして,地震と火山については,過去数十万年程度にわたって限られた地域で繰り返しおこっているので,処分地を適切に選定すれば影響を回避でき,隆起・沈降・浸食と気候・海水準変動についても,変動の規模を適切に考慮すれば対処できると述べている.
地殻変動や気候・海水準変動は,場合によっては何万年もの間に処分場の深度を半減させて,応力場・亀裂系・地下水特性などを大きく変える可能性がある.批判レポートに対する“見解”(5)は,それは十分承知だということを強調しているが,だからといって10万年程度の長期にわたる変動に万全の対応ができるというのは言い過ぎだろう.ただし,以下で述べる地震に比べれば,影響を回避できる確率が高いかもしれない.
火山に関しては,火山・火成活動が海洋プレートの配置や沈み込み角度などに支配されて顕著な偏在性を有するのは確かな事実であり,その理由も学問的にかなりわかっている.したがって,たとえば三陸海岸や四国の太平洋岸で今後10万年間火山噴火が起こらないと予測することは,ほぼ妥当だと考えられる.
しかし,日本列島でもっとも重要な地震は,これらとは非常に異なっていて,‘第2次取りまとめ’の結論はまったく間違っている(12)(13).
‘第2次取りまとめ’は,“地震=地表でみえる活断層の活動だけ”という認識で,地震に関してはほとんど活断層だけを検討し,現在知られている活断層を避ければ安全で,そういう場所は広く存在すると主張している.その立場に立つ徳山明(14)(原子力委員会原子力バックエンド対策専門部会メンバーでもある)は,最近の50万年前以降に活動している断層は約170に限定され“それ以外の場所には地震の震源はなかったことがわかった”とまでいい切った.しかし,これは真実ではない.
地震というのは,地下の岩盤の中に面状のズレ破壊が生じて地震波を放出する現象である.地震の本源は破壊した面であり,それを“震源断層面”と呼ぶ.震源断層面は,地震の規模(マグニチュード;以下,Mと略記)が大きいほど広大で,面の両側のズレの量も大きい*.
日本列島の上部地殻(深さ15〜20km以浅)には,いたるところに大小無数の亀裂や弱面や断層があって(多かれ少なかれ水などの流体を含む)(図4),列島全体にかかっている大きな力のもとで,弱面に沿う応力(岩盤内に働いている力)と破壊強度が時間・空間的に揺らいでいると考えられる.ある亀裂や弱面への応力集中が限界に達すると,流体も関与して破壊が生じて,地震となる.
震源断層面は,大きな弱面(断層)の一部分の場合もあるし,複数の亀裂や弱面がつながる場合もあると思われる.こうして日本列島では,海域も含めて,非常に大まかにいって,年平均でM3以上の地震が約1万個,M5以上が約100個,M7以上が約1.5個発生している.
マグニチュードが7を越えると,震源断層面のズレが地表に顔を出して“地表地震断層”を生ずる場合が多くなる.“活断層”というのは,最近数十万年間に地下の同じ場所で大地震が繰り返し発生し,地表地震断層が何度も現われて累積して,地表付近で断層として認識できるものを指す.そこでは,将来も大地震が発生して地表までズレ動くだろうと予想される.しかし,地表すれすれまでズレ破壊するM7クラスの大地震でも,明瞭な地表地震断層が出現しないものがある.そのような大地震が繰り返し発生しても,活断層として認識できる断層は現われない*.したがって,活断層が認められない場所でも大地震がおこることがあり,顕著な地表地震断層が出現することさえある.
このことは地震学では常識といってもよいが*,今年10月6日の鳥取県西部地震があらためてそれを実証した.これはM7.3(暫定)の大地震だったが,活断層の知られていないところで発生した.余震域の近くに短い活断層が推定されていたが,今回の地震とは無関係と考えられる(15).また,地表直下の断層 のずれによると解釈できる亀裂や変形が多少報告されているが(16),明瞭な地表地震断層というほどではなく,累積して将来活断層として認識できるほどのものでもない.
ところが,地震波を用いた震源過程の解析(17)によれば,長さ20〜30km,深さ方向の幅10〜15kmのほぼ鉛直の震源断層面でのズレは,深さ10km程度より浅い部分で大きく(最大約3m),場所によって地表下1km以浅でもズレ破壊したとみられる.このような大地震は,今後10万年程度の間には日本列島陸域の各地でおこりうると考えられるが,核燃料サイクル開発機構は,批判レポートに対する“見解”(5)においても依然としてこのことを理解していない.
大地震が地下処分場におよぼす影響に関しても,‘第2次取りまとめ’の検討はきわめて不十分で誤っている.一般に,地震の影響というと地震波による揺れ(地震動)だけを考えがちだが,それだけではなく,3種類の現象を考える必要がある.第一は震源断層面のズレの直撃による破断・擾乱,第二は地震動,第三は広範囲におよぶ岩盤の変形と応力の変化である.‘第2次取りまとめ’は,このうちの第三についてはふれていない.
第一のズレの直撃は,人工バリアの相当数を破壊して岩盤の亀裂系を激増させるから,多重バリアシステムの機能を大きく低下させる可能性がある.第二の地震動に関しては,‘第2次取りまとめ’は,地下の地震動は弱いから大丈夫だとしている.
たしかに,一般論としては,同じ地点の地表に比べれば地下の揺れは弱い.しかし,大地震が近くでおこればかなり強い地震動を受けるのは確実で,その場合,人工バリアと周辺岩盤の揺れ方の違いによる多重バリアシステムの性能変化が重要な問題になるだろう.地震動は,活断層とは無関係なプレート間地震やスラブ内地震(スラブとは,沈み込んだ海洋プレートを指す)(図4参照)がやや遠方で発生しても,それらがM8級の巨大地震であれば,影響を生じる場合があるだろう.
第三の変形・応力変化は,人工バリア周辺の岩盤中の大小無数の亀裂を閉じたり開いたりして地下水の流動特性を変化させる効果があり,きわめて重要である(18).地震のマグニチュード,処分場との距離や位置関係などによって違うが,M8級の巨大地震であれば,100〜200km遠方で発生しても影響することがありうる.なお,一般に大地震の震源断層面近傍では,かなり広い範囲で無数の余震や誘発地震が発生する.処分場から50kmくらい離れた場所の地下でM7級の地震のズレ破壊が開始した場合でも,震源断層面の広がり具合によっては処分場直近で地震が続発し,地下環境を変えることがあると考えられる.
今後10万年程度の超長期を考えれば,日本列島のほとんどの地点が,以上の影響を程度の違いはあっても何回も被ると予想される.一度で急激な放射能漏出がおこることはないにしても,地震の影響を受けるごとに多重バリアシステムの性能が徐々に変化することは十分考えられる.したがって,岩盤の亀裂や地下水の特性などに関して,現在いくつかの地点でおこなわれている観測の結果や,将来処分地の選定にあたって実施される調査の結果も,それがそのまま10万年間続くとは考えないほうがよい.
変化の向きは,地下水による放射性核種の溶出・移動を促進する場合だけではなく,抑制する場合もあるだろうから,つねに危険を増す方向ではないが,安全性を損なう要因になる場合があることはほぼ確実であろう.仮に現在,日本列島で最良の地下環境特性の地点を選べたとしても,その特性は,何万年かの間には悪いほうに変化すると考えるべきである.変化の仕方や程度を実証するためには,土井(10)が指摘したように,少なくとも100〜200年間の観測・調査を続けなければならない.
このような国土の状況こそが“変動帯”ということの真の意味である.けっして活断層を避ければ大丈夫などという単純な問題ではない.すなわち,将来10万年程度にわたって地震による擾乱をまぬがれる地層処分場適地が日本列島に広く存在するとは,現段階では到底結論できない.
きわめて重要なことは,10万年経ってみたら地震の影響をまぬがれたという場所が皆無ではないかもしれないが,あらかじめ(たとえば今後50年間に)そういう場所を特定するのは不可能だという点である.仮に“今後10万年間地震の影響を受けない場所が存在する”(A)が成り立つとしても,それだけでは,“ある特定の場所が今後10万年間地震の影響を受けない”(B)は保証できない.つまり,命題Aと命題Bはまったく別である.
ところが‘第2次取りまとめ’は,地層処分の技術的信頼性を示し,処分予定地選定の技術的拠り所を与えるといいながら,命題Aを主張しているにすぎない.“処分地を適切に選定すれば地層処分システムに対する地震の影響を回避することが可能”という循環論法を述べているだけで,選定の具体的な方法はどういうものか,その方法が現時点で実際に可能かどうかを検討していないのである.
ある特定の場所が今後10万年程度のあいだ地震の大きな影響を受けないことを,どんな具体的な項目について,いかなる方法・技術で保証すべきか(現在できるかどうかは別として)という問題は,ある特定の場所で地震はなぜおこり,なぜおこらないのかという地震学の根本課題に帰着する(12)(それに加えて,どの範囲までどんな影響があるかという評価も含む).したがって,地震列島日本で地層処分が可能かどうかを追究するためには,“地震の予測可能性”(19)や“地震と地下水”(18)といった地震学の核心的問題に正面から取り組まなければならない.また,地震現象の本質が,上部地殻地震発生層やプレート境界面付近やスラブ内部という地下深部にあり(図4参照),その影響が広範囲で多様でダイナミックであることを,当然の前提にしなければならない.
ところが‘第2次取りまとめ’は,地震・断層活動の記録が残されている地質や地形を対象に調査するという立場に立っていて,地震現象を皮相的・静的に狭い範囲でしかみていない.この点が,地質環境の長期安定性の検討に関する致命的欠陥であり,‘第2次取りまとめ’を拠り所にして真に適切な処分地を選定することは不可能である.
以上のように,‘第2次取りまとめ’は,10万年先まで本当に安全な地層処分が日本列島で可能なのかを,現実の地学現象に即して具体的に検討しようとしているわけではない.“わが国の地層処分概念を一般的に検討しその成立性を概括的に論じたもの”と自らがいうとおり,地層処分が何となくできそうな印象を与えようとしているにすぎない.
このような‘第2次取りまとめ’の性格は,実は,それが自由で真摯な科学的検討の成果ではなく,原子力委員会原子力バックエンド対策専門部会の1997年の報告書(以下,‘専門部会報告書’)(20)に従って書かれたものであることに由来する.‘専門部会報告書’は,ここで問題にしたテーマについて,“第2次取りまとめに向けては,(中略)変動帯に位置する日本においても地層処分にとって十分に安定な地質環境が存在し得ることを明らかにすることが肝要である”と述べ,“地震・断層活動に関しては,その影響を直接的に被る範囲を地域的に限定し得ること,したがってその影響の及ばない地下深部の地質環境が存在し得ることを明らかにする”ように指示している.つまり,‘第2次取りまとめ’は,あらかじめ結論が与えられていたのである.
核燃料サイクル開発機構は,筆者らの批判レポートに対する“見解”(5)のなかで,“10万年後の地質環境の評価には不確かさが伴う,という点は共通の認識”“相違があるとすれば,そういう科学的な理解を踏まえて,地層処分をどうとらえるかという点”“現在の科学技術を駆使すれば,不確かさを考慮しても地層処分の安全性を十分に確保することはできると考えます”と述べている.
この,見切り発車でもよいのだといわんばかりの(あるいは,仕方がないのだという)基本姿勢は,どんな最悪の事態がおこりうるかの徹底的な検討をおざなりにするという形で,‘第2次取りまとめ’の工学技術と安全評価の議論にも共通している.高レベル放射性廃棄物の後始末にどんな方法を選ぶべきかを社会全体で考えて,合意を形成するためには,提案する側は,おこりうる結果をできるだけ幅広く予測して示す必要がある.しかし‘第2次取りまとめ’は,“適切な処分地選定と工学的対策”をするということを理由に,“過度に保守的”(安全側の意)な評価はしないとしており,想定が甘いのである.
次回にはそれらを詳しく検討して,日本で地層処分が“超長期にわたって本当に安全に”できるのか,そもそも“地層処分をどうとらえるべきか”を議論したい. (つづく)